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東海道五十三次の歌
絵入 東海道五十三次の歌
これは昭和癸酉(八年)と書かれており、古文書とはいえませんが、体裁は全く古文書と同じです。古書市の江戸時代の版本類に紛れていました。
内容は「お江戸日本橋」として知られた歌の歌詞です。『日本唱歌全集』によると、天保年間にはやった「はねだ節」が元唄であり、
やがて「こちゃえ節」となり、明治四年頃に『お江戸日本橋七つ立ち』といわれて流行した、とあります。
又、一説では天保の改革を行った水野忠邦の屋敷が火事で焼けたのを風刺して替歌が作られたとのことです。
上の段には歌詞にある土地風俗の絵が江戸時代そのままに描かれています。
最後に書かれた署名から画家の川端正光氏の描かれた物と思われます。小さな枠のなかに水墨画で詳細に
描かれており画家オリジナルの絵ではないでしょうか。朱筆がありますが本人か書いたのかどうかは分かりません。
現代の文字なので解読文なしで読めると思います。
原文
一、お江戸日本橋七ツ立ち初上り 行列揃えて アレワイサノサ
コチャ高輪夜明けて提灯消す コチャエー コチャエー
二、恋の品川女郎衆に袖ひかれ 乗りかけ お馬の 鈴ヶ森
コチャ大森細工の松たけを コチャエー コチャエー
三、六郷渡りて川崎の万年屋 鶴と亀との 米饅頭
コチャ神奈川急いで程ヶ谷へ コチャエー コチャエー
四、病話で口説は信濃坂戸塚森 藤沢寺の門前で
コチャとどめし車を綱で曳く コチャエー コチャエー
五、馬入渡りて平塚の女郎衆は 大磯小磯の 客をとる
コチャ小田原相談熱くなる コチャエー コチャエー
原文
六、登る箱根のお関所でチョイト捲り 若衆のものとは 受取れぬ
コチャ新造ぢゃないかとちょいと三島 コチャエー コチャエー
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