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往来手形

 隠州知夫里村の弥吉、重太郎、おはな、おうめの四名が安政七年に四国巡拝に行く為にもらった往来手形です。 「萬一何方ニ而病死候共、其所之以御作法御執行可被下候」は往来手形に必ず書かれる文言ですが、 途中で死んだ場合はそこの作法で葬ってくれとのことで、当時の旅は命を落とすことがあることを意味しています。 四国巡礼は身寄りのない年寄りが極楽往生を願って行くことも日常であったと聞きます。 交通手段はどうしたのか気になるところですが、 この往来手形は島に残っていたようですので四人は幸いに戻ってこられたのでしょう。 手形を書いた願成寺は現在も隠岐の地図に載っています。
  手形の下部が故意に破られています。本来なら寺の名前の下に印が押されているはずですが、 無効にするため破り取ったのか理由は分かりません。 そのため文字の欠けもありますが、書き方が決まっているので想定して補った部分もあります。

原文


解読文

   宗門往来之事
御料松平出羽守様御預所
一隠州知夫里郡知夫里村弥吉
 重太郎おはなおうめ宗旨
 真言宗当寺旦那ニ紛無御座候
 然所此度四国巡拝ニ罷出
 若行暮候節ハ一宿之儀御(頼)
 申候萬一何方ニ而病死候共
 其所之以御作法御執行
 可被下候於拙寺何之構無
 御座候為後日仍而如件
  安政七年申二月 知夫里郡知夫里村
              願成寺
  国々所々
     御関所
    村々御役人衆中


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